蜘蛛の巣の写真集

ハレの日のケ、ケの日のハレ

喫茶チロル(2008)

●7.15
昨日の昼食は、喫茶チロルにてツナサンドとコロンビア。
初めて入った店でした。古い店。違う街に来たみたい。観光地の裏道のよな。プライベートな空気。
 
初老の女性二人が店を回している。
 
年嵩の婦人は凛として笑わない。
まぁもう一人も笑わない、マイペース。
 
注文を受けてから豆がひかれる。
ツナサンドはパリパリレタス。
爪楊枝で止めてある。
 
コーヒーとサンドイッチを出し終わると凛さんは二階へ行ってしまった。
 
 
六十くらいの短パン紳士が訪れる。
マイさん「今二階に行ったばかりよ」
パンさん「良いよ。待つよ。」
お目当てはコーヒーではなく凛さん、ということなのか、それともコーヒーをいれられるのは凛さんのみということなのか、注文せずパンさんはカウンターに座る。
 
 
この時、私は何かの本で読んだ良い女の条件についての記述をおぼろげに思い出す。『待たせるだけの魅力があるということと、もうひとつ、待たせることを申し訳なく思わないこと。待たせていると思わないこと。』とかなんとか。待って待って、その女(ヒト)が自分のところに来なくても、男はそれで良いのですって。もっと美しく言い当て言い表した言葉だったのだが忘れた。
 
 
凛さんにはそんな空気があったのです。
つまり良い女だったんだな。
 
 
凛さん二階から戻らないまま、私丁寧にツナサンドを食べ終わる。
 
 
帰り道、お腹がチクつく。
 
臍の下に力を入れる。シャンとしようと思う。
 
 
●9.8

となり七十かそこらの紳士二人連れ、一人が

「男にしたらブスよ」
「女も男もいっしょよ」
「笑顔がないもの」
「笑顔がないものブスよ、好感が持てないよね」
と話している
 
豆を挽く音
 
チーズトーストとブラジル
 
 
客同士が挨拶をする
そしてあとから来たご婦人交えてスポーツ談義
旅行
アイスコーヒー
 
 
凜さんとマイさんは相変わらず笑わずに黙々と働いている
 
 
凜さんに
大黒屋さんから電話
 
 
マイさんは可愛い系
凜さんは綺麗系
 
 
 
●11.4
ミックスサンドとアイスコーヒー
 
コースター…ガチャピン…?
 
 
 
今日はいつもと違う席にしたので
カウンターの中で働いている凜さんは見えませんでした
他のお客さんの話声も観葉植物に遮られて届きません(店内の不揃いな植物たちはもちろん作り物ではなく生きています)
そのかわりに店に流れる曲を愉しめました
パローレパロレパローレ言ってたかなぁ
パレーラだったかなぁ(アホ)
たぶん有名な曲
 
 
店の奥にピアノがありました
たとえば土曜日の夕方に凜さんが弾くのかもしれない
意外と舞さんかな
舞さんはその名の通り(私が付けたのだけど)踊るのかもしれない
 
 
以前スポーツ談義していた面々は少し面子を変えて同じ席にいました
私も誰かの指定席に座ってしまったのかもしれません(たとえばピアノの横の小さなテーブルに座った紳士)
 
 
凜さんのいつも綺麗に結われた髪と白いシャツ、黒いチョッキに黒いパンツ
舞さんの短めのオカッパにピンで留められた前髪、カジュアルなシャツ・パンツ(今日はGパンでした)
 
おそらく若い頃は適度に流行を取り入れたおしゃれさんで
今もおしゃれさんなのですけど
長く生きると時代を"自分"が追い越す瞬間が来るのだろう、と、確信めいて思いました
 
 
ほかのお客さんの話の内容は聞こえないけれど、届くのは彼女も客商売しているであろう風情のご婦人のしゃがれた声
BGMと馴染みます
 
 
凜さんが唐突に「おつかいに行かせて」とエプロンを外し店を出て行きました
「社長さんいるのにすみませんけど」と言いながら
 
スポーツ談義のとなりのテーブルの紳士が社長さんらしい
自分の地位を素直に誇って見せる彼を、凜さんはなんて上手に撫でるのでしょう
凜さんはそんな時も媚びず凜としています
 
凜さんがいなくなると舞さんは一層せわしなくてんてこ舞い
扉を開け閉め皿を下げ洗いお勘定
 
今度は一時までのランチメニューをいただきましょう